MY STORYNo,17
RESEARCHER
研究者
Kanade
Tatsumi

巽 奏
生存圏研究所 助教
水から陸へ。
植物がつないできた
進化の道筋。
知恵を絞り、
目を凝らし、
奥深き生命現象の
芯にふれたい
東京都心から約50km西に位置する、山野に囲まれた緑豊かなあきる野市で小中学生の時期を過ごしました。道端に生えるノビルを採集したり、小川のオタマジャクシを観察したり、日常のなかに当たり前のように自然がありました。大学院に入ってはじめた植物の二次代謝産物の研究は、時間を忘れて熱中したほど楽しくて、どうしてこんなにのめり込んでいるのか、我ながら不思議に思うほどでした。そんなときに蘇ったのは、あきる野市で過ごした記憶。ふり返れば、その経験が生きものと向き合う素地をつくってくれたのかもしれません。
大学は、地元から通える関東の大学に進学。大学受験を目前にさまざまな事情が重なって、推薦入試での入学でした。思いっきり勉強して受験に挑戦したかったという思いが心の奥底にくすぶっていました。そんななか、大学の授業で出会ったのが植物二次代謝産物。微生物や動物にはない、植物だけがもつ複雑さと多様さに惹かれました。授業スライドの引用元には京都大学生存圏研究所と、のちに恩師となる矢崎一史先生の名前がありました。「おもしろそう」と感じた分野で自分の力を試してみようと、京都に行くことを決めたのです。
寡黙な植物に迫るには、試行錯誤あるのみ
植物は体内でさまざまな代謝産物を生合成します。生命活動に必須のアミノ酸や糖などの一次代謝産物とは違い、二次代謝物は種ごとに多様で、その種類は100万を超えるといわれます。なかでも私が追究するのは細胞外ポリマー。脂溶性の化合物が重合した複雑な高分子化合物です。植物が水中から陸上に進出する過程で、紫外線や乾燥から身を守るために獲得したものです。そのため、現生の陸上植物の多くが細胞外ポリマーをもっていると考えられていますが、進化をへて植物種ごとにその役割や構成する化合物とその組成は微妙に違います。この違いを突きつめれば、植物の進化や陸上への適応過程を解明する手がかりになるはずです。
研究者たちは、話せない・動けない植物の生命現象の仕組みを知ろうと、試行錯誤を重ねて実験を組み立てます。でも、そう簡単には謎は解けません。私がようやくひとつ、植物に近づけたと感じたのは実験をはじめて4年後のこと。みずから考えた実験系で、みずから考えた仮説が証明されました。夜遅く、静まりかえった実験室の顕微鏡の前でひとりとても嬉しかったのを覚えています。みずからの努力と試行で植物の生命現象に迫れた、という実感が湧きました。

植物が陸上に進出して約5億年、陸上には大きさや形・色が異なる多種多様な植物があふれています。この多様性が進化の過程でどのように生まれたのか、代謝産物の切り口から迫りたいです
チャンスに備えて、一日一日を大切に
仕込んだ実験のほとんどが失敗したこともありました。落ち込む私を見て、先輩がかけてくれたのは「そもそも試行数が多いんだから当然そのぶん、失敗の数も多くなるよ」という言葉。ほかにも、失敗を客観的に見る考え方を教えてくれました。大学院で徹底的にこうした思考トレーニングを積んだことは、研究を楽しむ基本姿勢になりました。いまでは壁にぶつかってもすぐに解決方法を考える癖がついて、落ち込むことは少ないです。
進路は、自分の実力だけでは決まりません。ときには周囲の人たちの力を頼ること。私の研究への素質や適性は、指導教官や先輩たちに見つけてもらいました。そうした人たちに出会うには努力が必要で、運をつかむには日ごろの環境づくりや体調づくりも大切。人生にはがんばらなければならないときがありますし、いざというときに適切な判断ができるよう、毎日の暮らしには気を配っています。一歩一歩細かな研究を進めているうちにいつか、生命現象の一端にふれられたら。ふり返って「こんなに遠くまできたんだな」と実感できる日が楽しみです。

コロナ禍の真っ最中、集まるのもはばかられるなかで撮ったこの集合写真は宝物の一つです

研究に出会ってからは研究一直線ですが、高校生・学部生時代は吹奏楽にまっしぐらでした。担当楽器はファゴット。授業以外は日夜練習漬けの日々で、体力の基盤はこのときに培いました。フランスでも市民オーケストラに入っていました
Recommend高校生のみなさんに手に取ってほしい作品
『風が強く吹いている』三浦しをん 著(新潮社)
たった10人で箱根駅伝をめざす物語。10人それぞれの個性が駅伝に向かうさまが群像劇としておもしろく夢中で読みました。なかでも主人公がチームメートに向かってうそぶく「厳しくなきゃ走れないやつも、楽しくなきゃ走れないやつも、走るのなんてやめたらいい」という言葉は、研究がうまくいかないときにたびたび思い出します。淡々と粛々とひとつのことに取り組むことの大切さを確認できるし、こう言い切れるほどに強い心で取り組めるものに出会えることの幸運もほんのり感じられます。