MY STORYNo,07

RESEARCHER

研究者

EMIKO
INOUE

井上恵美子
白眉センター 特定准教授

COLUMN

回り道も
むだじゃない。
歩んだキャリアを
強みに変えて
「持続可能な発展」
に貢献

地球環境の保全と経済社会の発展について考える環境経済学が私の専門です。この学問分野に大きな影響を与えているのが、1980年代に生まれた「持続可能な発展(Sustainable Development)」という考え方です。それまでは、環境保全と経済発展とは、トレードオフの関係にあると考えられてきました。しかし「持続可能な発展」の概念が打ち出したのは、環境保全と経済発展の両立なくして今後の社会の発展は実現できないということ。この考え方に出会った私は強い衝撃を受け、その実現のための方策を環境経済学の視点から真剣に考えるようになり、それが現在の研究にもつながっています。

社会のために動く「経済」の考え方に共感

経済学部に進学したきっかけは、「経世済民」という中国の古典の言葉。「世を経おさめ、民を済すくう」を意味し、「経済」という言葉はこの略語です。私が思うに経済は根幹。経済活動が成り立たなければ、国の未来や自身の将来を考えたり、暮らしの環境を整えたりといった生産的な活動はむずかしくなります。「経世済民」という言葉から発展した経済学は、暮らしを改善し、人びとがよりよく生きるにはどうしたらいいのかを考えるもの。社会のための学問であることが魅力でした。
大学卒業後は、環境負荷の大きいインフラの整備に関わり、実社会において「持続可能性」がどう捉えられているのかを知りたい、「持続可能な発展」に貢献したいという思いから、企業に就職しました。運よく希望通り、高速鉄道の開発に携わることができ、多くのプロジェクトに関わりました。中国の高速鉄道プロジェクトもその一つで、日本コンソーシアムの一員として参画しました。
働くなかで感じたのは、利益の追求と環境保全とのバランスのむずかしさ。予想はしていたものの、いかに大企業であっても「持続可能な発展」を実現させることは容易ではないことを実感しました。そして、その限界を乗り越える方策を探るために、もう一度学問として学びなおしたいと、アカデミアの世界にもどる決意をしました。

好奇心に導かれ、ふたたび飛び込んだアカデミアの世界

進学したオックスフォード大学では、知の探究の刺激をぞんぶんに受けました。これを一生の仕事にできたら幸せだと、研究者として歩む覚悟を決めました。海外でひきつづき研究する選択肢もありましたが、日本の環境政策に携わっておられた恩師のもとで、研究に没頭しました。京大の研究環境は私にとても合いました。研究テーマを主体的に決定できるぶん、時間配分や進捗管理などにも自律が求められますが、この自学自習の環境で学びを深めることができました。また困難があっても、熱意をもって努力しつづけていれば、道が開けると実感できる環境でした。
学術研究の世界への挑戦に迷いはありませんでしたが、論文など研究成果が出なければ認められないシビアな世界です。教員として、子育てをしながらの研究は一苦労。同じく研究者である夫と育児や家事を分担してのりきっていますが、ときには寝不足のあまり研究がままならなくなったこともありました。そのようなときに、育児休業の制度についてお願いをしたことがあります。従来の制度では、出産や育児を考える研究者は白眉研究者への応募を躊躇する可能性があるのではないかと感じていました。私の世代には間に合わずとも、次世代に道が開かれるのならという思いのお願いでしたが、すばやく整備いただき、ありがたいことに私にも新制度が適用されました。京大にはこのような懐の深さがあり、感謝しています。

ドイツ、フライブルク市の風力発電
カーボンニュートラル実現に向けて再生可能エネルギー関連のイノベーションは重要な役割を果たしています

計画書のない人生を楽しむ

ふり返ると、どのような経験もいまの研究に活きています。私がいま力を注ぐ研究は、持続可能な社会の実現に向けて、近年のCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)でも気候変動を緩和する方策として注目されている企業のイノベーションをどうしたらより創出できるか、そのメカニズムを解明すること。厖大なデータを定量的に分析して客観的事実を明らかにする過程では、企業がどう考えて動くのかを実際に見てきたからこそ気づく視点がおおいに役だっています。これからも実社会とつながりをもち、社会への貢献を重視する研究者でいたいと思います。
学生たちと話していて気になるのは、最短距離で人生設計しようとする人が散見されること。人生はなかなか計画書どおりにはゆかないもの。さまざまな経験を積んで、予想外の人生を楽しんでください。

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