MY STORYNo,10

RESEARCHER

研究者

Eriko
Suenaga

末長英里子
経営管理大学院 特定助教

COLUMN

演劇という
装置が可能にする
コミュニケーション。
アートを介した
対話の可能性を
考える

いまの研究テーマは、演劇やアートの手法をつかったワークショップや教育の実践と検証ですが、出身は農学部です。将来にこれといった目標のない、ごくふつうの京大生でした。学んでいたのは、森林や里山の生態系。この分野は地域住民の協力が不可欠なことから、当時は「市民参加」という言葉や「ワークショップ」という言葉を耳にする機会が多くありました。

価値観が180度変わったワークショップ体験

しかし、当時の私はひねくれていました(笑)。「市民参加のワークショップ」といっても、一方的な説明と、予定調和な質疑応答という「形だけのもの」も多いのではないかと疑いをもっていたのです。そこで、まずは自分の目で見て、体験して確かめてみたいと、3回生のころ、大阪大学で開かれていた「ワークショップデザイナー育成プログラム」に足を運びました。そこで講師をされていたのが、いまは同僚でもある蓮行先生(経営管理大学院特定准教授/劇団衛星)です。演劇の方法論をもちいて対話を生み出すというワークショップのあり方は、これまでワークショップに抱いていた印象とは違って、とても楽しいものでした。その魅力に引き込まれ、蓮行先生の劇団でアルバイトをはじめ、小学校や環境教育などのアウトリーチ活動に携わることになったのです。 正直なところ、それまで演劇はもちろん、文化や芸術にあまりふれてきませんでした。むしろ、「アート=高尚なもの」と感じて距離を置いていたほど。それも、演劇の公演を実際に観て、アーティストと対話したことで印象が変わりました。私が関わる小劇場演劇は、300人以下、少ないときには100人以下の観客の前で公演するジャンルです。商業演劇とは違い、アーティストの問題意識がありありと現れます。演劇との出会いは、楽しさをもたらしてくれたいっぽうで、自分の想像力の狭さに直面し、傷つくことも多かった。私が歩んできた世界とはまったく違う世界が世の中にはあり、私はそれに無頓着だったのだと思い知ったのです。

上/蓮行先生による講義の風景
下/蓮行先生の担当する大学の授業では、「パフォーマンス創作」を中間課題にしています

演劇的手法で生まれる新たな対話

現在は、学校や企業、病院などさまざまな場所でワークショップを開催するほか、アウトリーチ活動をする演劇家の支援に力を入れています。
直近で開催したのは、糖尿病や認知症をテーマにした病院や薬局でのワークショップです。参加者は、医療従事者と、地域住民のみなさんです。たとえば「自分が糖尿病患者だと打ち明けるかどうか」など、日常生活でだれもが直面しうる健康にまつわる出来事をテーマに、参加者が協働して劇を創作して演じます。劇というフィルターを通すことで、ふだん感じている本音を口にしやすくなったり、セリフを考えるために異なる立場の人に思いを馳せてみたり、通常の議論では生まれない感覚に出会えるのがポイントです。
説得力が重視されるプレゼンや議論の場では、言語化の得意な人が強い立場になりがちです。でも、演劇には、感情表現や身体をつかう動きも重要ですから、通常のワークショップとは主導権を握る人が変わることが多いです。置かれた状況や立場上、自分の思いを話しづらい人や、言葉にすることが苦手な人が、思いを表現するきっかけになるワークショップづくりをめざし、改善と研究をつづけています。
偶然をだいじに、そのときどきにおもしろそうだと思うことを選んできました。いちど選択したからといって、その道を歩きつづける必要はありません。もし、選択に迷う瞬間が訪れたら、ときには、周りの信頼できるひとからの誘いや助言に乗っかって、挑戦してみてはどうでしょうか。

好きな気分転換の手段は山に登ることです。写真は大文字山の山頂の風景

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Podcast 番組 『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』

「勝ちには行かないけど、負けへんで」、「罪悪感で人をコントロールするのはよくない」、「自堕落ではなく自然体」など、元気をくれる言葉、自分を省みる言葉の両方をくれるラジオ番組です。いろいろなおすすめの書籍が思い浮かびましたが、毎週、背中を押してくれるラジオとしてこちらを選びました。ぜひいちど、Podcastで聴いてみてください!