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最先端で輝く先輩たちのキャリアパス

先人の技をさらに高めて、次代へ それが杜氏としての、わたしの仕事

純米吟醸 招德 醸造元 招德酒造株式会社 杜氏

大塚 真帆(おおつか・まほ)

1975年2月5日、神奈川県横浜市生まれ。滋賀県立膳所高等学校卒業、京大農学研究科修士課程修了。在学中、所属していた作曲サークルの仲間との酒盛りで日本酒の奥深さに目覚め、酒造りを生涯の仕事と決めた。卒業後の2000年、京都伏見の蔵元、招德酒造株式会社に入社。杜氏として伝統技法を復活させる一方、ラベルやボトルもデザイン。名だたる賞を受賞。家庭では二人のお子さんの良きお母さん。

新ブランド「花洛」シリーズのパネルに満面の笑み。ネーミングの由来は、「華の都京都」

伝統は革新の連続 歴史に熟成された日本酒の奥深さ

 日本酒の歴史は、革新の連続だとわたしは思っています。何百年という時間をかけながら、おいしさを追い求め、挑戦を繰り返してきた。その上に今の酒造りがあります。だからこそ、わたしたちも、今の時代のし好、今、できること、今、できる技術を駆使しながら、もっと高めていかなければ、いつか廃れてしまうという危機感があります。ただ先輩から教えられたことを続けるのでは意味がありません。より高めて、次の人たちに渡していくのが、わたしの仕事だと思っています。

酒造りをしたい一心で 男性社会に飛び込む

 杜氏は、その年の酒の味の方向性を決め、仕込みの計画立案から一貫して陣頭指揮をとる責任者です。但馬杜氏などに代表される杜氏集団が、冬場だけ蔵元に泊まり込み、酒造りを一手に担う。伝統的な男性社会ですが、そんな男だけの世界に飛び込んでいくことに、ひるむことはなかったですね。高校は3年から男性の多い理系クラスでしたし、京大の農学研究科時代もほぼ男性。女性が多い環境だとかえって落ち着きません(笑い)。
 そういう昔ながらの杜氏は減少傾向にあり、最近では、酒造りのスタッフを社内で育てていこうという大手酒造メーカーもあります。とはいえ、大手では酒造りの一部だけということもありますので、中小規模の酒蔵へ就職したいと思い、あちらこちら走り回りました。母親から「公務員になったらどう」ともいわれましたが、自分にはまったくそういう発想はなく、やりがいを感じられる仕事に就きたい、という思いしかありませんでした。

 卒業目前にやっと就職できたのが、創業1645年の京都伏見の招德酒造。分析や事務処理等、理系出身の女性であることに期待されました。ですがわたしは、酒造りする気満々。出勤時間以外の時間に杜氏さんに張り付いて、仕事をさせてもらいながら覚えていったのですが、正直言って衝突することもありました。当時のわたしはお酒造りのセミナーにも参加して、少しずつですが知識も増えてきましたので、理屈に合わないことを感じていました。ところが高齢の杜氏さんは昔気質の職人ですから、それを説明することができない。言葉で教わることはありませんでしたが、見ているだけで伝わってきました。作業の進め方は素早く、もたもたしていると「早くしろ」と檄が飛んできます。でもそれで鍛えられましたね。同時にさまざまな作業を進める酒造りはチームワークが基本。そんなことを肌で感じながら、勉強させてもらいました。

金魚をあしらったボトルは大塚さんのデザイン
「ガラスびんデザインアワード2007」受賞作

働く体制を改善し子育てと仕事の両立へ

出荷時の瓶詰めまで、熟成をはかる貯蔵タンクがズラリ

 酒造りの業界に飛び込んだとき、寝る暇もない仕事だという認識はありましたから、家庭や子どもを持つという女性のライフイベントは無理かもしれないと思っていました。ですが杜氏という酒造りの責任者になり、仕事や勤務時間について考えられる立場になって、思いもかけず同僚の蔵人と結婚したことで、もしかしたら仕事と家庭を両立できるようになるかもしれないと、少しずつ働く体制を改善してきました。酒を仕込む冬場は、早出や残業は当たり前。ですが男性社員にとっても、健康的にいいとはいえません。社長に相談し、それまで蔵人が担ってきた瓶詰作業を分業化するなど、5時に終われるようなシフトにしました。最近では女性杜氏や蔵人も増えつつありますが、女性でも働きつづけられる環境に、もっと変えていきたいと思っています。

おいしさに貪欲な女性の感性が日本酒の世界に新しい風を

 京都伏見で長らく途絶えていた生酛造りを復活させるために文献を読みましたが、原理自体が巧妙なシステム。江戸時代になぜ数種類の微生物の働きをうまく利用して、複雑な作り方を編み出すことができたのか。昔の日本人はすごかったなと驚かされます。出来上がりも深みがあってとてもおいしいです。
 わたしが目指すのは、香りが穏やかで味わいに深みがあり、食事しながら飲みつづけられるお酒。3年前に立ち上げたブランド「花洛」シリーズは、酒どころの名を知らしめた伏見のおいしい水と京都産の米の品種を使い分けながら、作り方や米の違いによって、風合いも香りも味も異なるおいしさのバラエティーを楽しんでいただくシリーズです。京都の水を使っているだけに、京都のお酒らしい仕上がりで、出汁を大切にする京料理や湯葉、お豆腐ともマッチングします。
 女性杜氏や蔵人が増えつつありますが、「食」は伝統的に女性がかかわってきた分野。「おいしさ」に貪欲な女性が参加することで、男性の視点とは違う新しい酒が生まれ、日本酒の可能性も広がっていくと思います。

メッセージ

やりがいのある仕事だからこそ
どんなことも乗り越えられる

 「仕事をするからには、一生続けなさい」と両親から言われてきましたので、わたしも生涯続けられる仕事を見つけたいという思いがありました。とはいえ、大学入学時にも学生時代にも、将来のビジョンが明確にあったわけではなく、「ものづくり」のような形として残るような仕事ができたらと感じていました。酒造りという打ち込める仕事に出会えて、幸運でした。どんなにしんどいことがあっても、続けることができましたから。
 皆さんもぜひ、いろいろなところにアンテナを伸ばし、心の声に耳を傾け、生涯続けられるやりがいのある仕事を見つけてください。