ホーム > 女性研究者の生き方トップ > 過去の記事トップ > アスリ チョルパン(経営管理研究部・寄附講座准教授)

研究者になる

アスリ チョルパン(経営管理研究部・寄附講座准教授)

研究者であること:その便益と費用

 女性研究者支援センターから、ニュースレターである『たちばな』に掲載する若い研究者のための指針の執筆を求められたことは、私にとっても非常に喜ばしいことでしたので、この寄稿を快諾しました。本題に入る前に、同センターと京都大学に対して、2010年3月に、京都大学の優秀女性研究者に与えられる「たちばな賞」を授与してくださったことについて、厚くお礼を述べておきたいと思います。京都大学が外国人である私の研究を評価してくださったことは、この大学がジェンダーを超える平等だけではなく、国境を越える平等を重んじる明確な信念を体現していると思います。

 これまでこのニュースレターに寄稿された何人かの研究者の方々と比べても、私の研究者への途は容易なものではありませんでした。まず、企業経営の研究をするに至るまでに紆余曲折がありました。私は、母国であるトルコで研究者への途を歩み始めましたが、大学院の修士課程のためにイギリスへ渡り、さらに博士号を取得して自立した研究者になるために日本に来ました。

 この研究者へのプロセスで一貫して私はエンジニアとしての教育を受けてきました。しかし、いつからか自分自身がビジネスとか経済とかに、もっと関心があることに気付ました。結果的に、私はそれまでの自然科学の研究を全て投げ打って、社会科学者になることを決意しました。このような順調で平坦な途ではないにも関わらず、私はアカデミックな研究者になるという夢を追い求めてきました。何か未知のものを探求し、革新的な何かを作り出すということが、いつも私を励起してきたからです。

 プロフェッショナルとしてまだキャリアの浅い私が、おこがましくも若い研究者に成功の秘訣を授けるということには躊躇します。ただ、一つの鍵があるとすれば、それは「勤勉さ」ということになるでしょうか。言うまでもなく、この鍵には精神的な集中が要求されます。大志をかかげ、情熱を持って、粘り強く目標を追求するという精神的な活動が不可欠です。このような投資への見返りとして、通常は良い条件の職、研究費の増額といった目に見える形での便益が上げられるかもしれません。しかし、アカデミックな分野あるいは社会一般への貢献から来る満足感、また同じ分野の研究者や家族、友人たちからの賛辞といった目には見えない形での恩恵の方がはるかに重要なことは言うまでもありません。ただし、これらのプラスには、必ずコストが付きまといます。精神的なエネルギーを使い尽くすほどの努力のレベルだけではなく、日本では当たり前だと思われてしまっている驚くほど長い研究時間のことです。これは、自分自身、あるいは家族、友人と共有できる時間が短くなってしまうことを意味しています。

 アカデミックな生活で長期にわたって成功する鍵は、どのように必要とされる勤勉さから得られる便益を最大にし、その過程で生じるコストをどう最小にするかというバランスを見つけることだと思います。(私自身はまだこのバランスが見つけられていないことを認めておきます。)このバランスに留意しておかないと、いくらアカデミックな点だけで成功しても、プロフェッショナルとして、あるいはプライベートな生活において失敗してしまうという帰結になります。これから研究者を目指す女性がこのようなバランスを見つけるためのポイントを私なりに8つのステップにまとめておきます。

1.自分が本当に好きなことを研究し、研究していることを本当に好きになること。

 今さら何を当たり前のことと思われるかもしれませんが、このポイントで言おうとしていることは本当だと思います。もし自分が研究していることが好きになれないなら、平均的なレベルの研究者にしかなれないでしょう。それ以上の研究者になりたいのなら、研究のテーマを本当に好きになることが必要です。一日の半分以上の時間を研究にささげることが当たり前の生活なのですから。

2.どんなことがあろうと、研究を諦めないこと。

 私が最初に学術誌に投稿した論文は、厳しいコメントと掲載不可という判定がついて戻ってきました。このことによって、私は奮い立たされ、なんとか成功をかちとろうという意欲が湧いて来ました。目標を達成することは、とにかく頑張ってみることと失敗に学ぶことから可能になるので、諦めることによっては何も得ることはできません。

3.自分自身が抱いた夢を追い求めること。

 私が幼少だった頃、両親はよく「みんながみんな海に身を投げるからといって、あなたはそんなまねはしないよね」と言い聞かせてくれました。いつの間にか、これは私自身の行ないの指針となりました。このような自分が責任をもてる行動をとっていくというのは、時には他の人たちにとって奇異に見えるかもしれません。しかし、他の人たちと同じ行動を取ることによっては、せいぜいその人たちと同じレベルまでしか達成できません。もっと高いレベルに自分を引き上げたいのであれば、やはり自分自身で他の人たちとは違った途を探り、異なる生き方をしないといけないと思います。

4.自分自身の分野でベストの人たちと研究し、競争すること。その人たちが必ずしも近くにいるとは限らない。

 確かに、自分が選んだ分野で模範なるような研究者が近くに存在して、その研究者と協働することが出来るのであれば、それはいうまでもない機会でしょう。しかし、自分自身が現在置かれている物的なあるいは研究上の環境にそのような研究者が存在しないなら、ぬるま湯的な状況を抜け出して、遠く離れたベストの人たちに目を向けるのも良いと思います。

5.大きなことを考えること。

 いつも不可能と思われることを考えることが私は好きです。最後はおぼれることがあったとしても、深い大洋で泳いでみることは、浅瀬で泳ぐまねをしているだけよりはるかに意味のあることです。

6.どの時点でストップするのかを心得ていること。

 研究をするということは、竜巻に巻き込まれることに似ています。いったん研究に没頭してしまうと、自分自身が逆にそれに振り回されて、その外に抜け出すことが出来なくなってしまいます。自分の物理的、心理的な限界を予め知って、いつ、どこでストップするのかを心得ておくことが大事です。研究の努力とその成果は、上下が逆になったUの字の形をしているような気がします。ある点を越えると、いくら努力しても必ずしも期待するようなプラスの効果が得られないからです。

7.サポートの体制を整えておくこと。

 自分をサポートしてくれる家族や自分を理解してくれている友人たちがいることは決定的に大事なことです。自分が必要と感じたときには、いつも家族と友人たちは傍にいてサポートすることを厭いません。研究以外のことで穏やかで幸せであることは、研究を含めた生活全般がうまくいくことにとってとても大事だと思います。私の場合は明らかにそうでした。

8.楽しむこと、もっともっと楽しむこと。自分は競走馬ではありません。

 何か楽しいこと、スマイルを取り戻せる何かを見つけておきましょう。前にも書いたように、プロフェッショナルとしての生活とプライベートな生活をバランスさせることは、研究をより充実させるだけでなく、健康で幸せな生活全般を築く上での鍵です。

前のページ