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研究者になる

有吉眞理子(工学研究科・助教 )

自分がやりたいと思う道へ

私の研究分野は、分子生物学の一分野である構造生物学、すなわち、生体内にあるタンパク質や核酸の立体構造を解明し、それに基づいて生命現象を理解しようとする研究領域である。X線結晶解析法を用いて、タンパク質や核酸の立体構造を決定することが、私の研究の第一ステップである。これまでの研究生活を振り返ってみると、最初に結晶構造解析がうまくいったときの体験と様々な魅力的な研究者との出会いがあって現在の研究者としての私があると思う。

私の場合、初めて取り組んだ研究テーマで、実験とデーター解析を繰り返す試行錯誤の数年間の後、X線によって結晶中に埋まっているタンパク質分子の形が浮かび上がってきた瞬間の達成感と表現しがたい喜びに味をしめ、研究を続けていたら「研究者になっていた」というのが実状である。先日、研究室のメンバーとの宴会の席で、研究の面白さは、推理小説を読む楽しみに似ているという話がでた。私は、よく気分転換に国内外の推理小説を読むが、そうかもしれないと思った。自分自身が行った実験データーを一つのパズルのピースだとすると、研究は、他の実験データーとの整合性を考えつつ、見つけたパズルのピースを正しい位置に置いていくという作業の繰り返しである。パズルがここだというところにぴたりとはまると気持ちがよい。どんなに小さいパズルのピースだったとしても、それが思いがけないところにピースがおさまって、予想と違う展開が見えてきたりすると爽快である。それは、良質の本格推理小説を読み終わって感じる知的刺激による楽しさに似ている。私が初めて結晶構造解析を行った1994年当時と比べると、現在、生体分子のX線結晶解析のプロセスはマニュアル化され、自らの頭を悩ませて解析を進める機会が減っているようにも感じられる。しかし、研究室の中で、初めて結晶を得てやる気になった学生の表情や解析したタンパク質の構造から次の実験を思いついたという学生の前向きな言葉を聞くと、私が最初に出会った研究の面白さを彼らも同じように体験しているのだろうと感じる。

最初の研究テーマに取り組んでいた頃の私は、毎日の実験がうまくいったり、失敗したり、目の前の結果に一喜一憂することが多かった。研究生活を重ねるにつれ、自分の実験データーというパズルのピースが生命現象を説明する上でどの部分におさまるのか、いったい最も重要なピースは何なのか、もう少し高い視点に立って考えるようになり、更に研究の楽しみが深くなっていく気がする。同時に、研究の難しさも痛感することになるのであるが。私自身の経験では、学術論文や学位論文を完成するという過程でこのような研究の面白さを実感したという気がする。第三者に対して、自分の実験結果から得られた新しい知見や仮説を証明、説明し、正当に評価してもらう。そのために、自分自身の実験結果を客観的に分析、評価し、生命科学という枠組みの中での位置づけを判断する必要がある。最初に書いた学術論文は、もちろん、恩師の修正、加筆、私が書いた文章は却下され、叱責されつつ完成した。苦労して手にしたデーターは、ついつい過大評価しがちで、矛盾点を指摘されると自分自身の一部が否定されたようで冷静に批判を受け入れられないこともあった。私にとって、論文を書くという作業が、研究という枠を超えて、自分自身を客観的に見つめるための最良のトレーニングであったと思う。もちろん、これについては、今も修行の途中である。

最後に、研究を通して出会った人たちから多くのことを学んだということを付け加えたい。特に英国でのポスドク時代には、様々な国籍の同年代の女性研究者、チームリーダーとして活躍する女性研究者と知り合う機会を得た。英国、欧州でも出産や子育てと研究の両立に悩み、実力を十分に発揮できずにチームリーダーへの道を断念する女性研究者も少なくはない。私の友人の中にもパートナーの理解とサポートを得て、子育てと研究を両立している人もいれば、今は子育てを優先して数年後研究に戻りたいという人もいた。そこには様々な思いや葛藤があるのだろうが、研究と自分の人生に真摯に対峙して、自ら下した決断に言い訳をしないという点で、私の目にはどちらも素敵な生き方だと映った。

現在の研究室は男子学生のみで女子学生の本音を直接聞く機会がなくて寂しい気がしている。結婚、出産、子育てと女性であるが故に感じる将来への不安もあるだろうが、少しでも研究が楽しいと思う瞬間があったら、素直に研究者としての第一歩を踏み出してほしいと思う。そして、その先にあるもっと深い知的好奇心を満たす楽しさを実感してほしいと思う。無計画なのは薦めることはできないが、結局、全く迷いのない、困難にぶつからない人生などないのだから、いつか迷って苦しむのなら、今自分がやりたいと思う道に進むのがベストだと、私はそう思う。

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